橘玲

知能や学力が遺伝なのか、環境なのかという論争は、科学的には行動遺伝学によって決着がつけられた。一卵性双生児や二卵性双生児を多数調べることで、知能や性格、精神疾患や犯罪傾向にどの程度、遺伝の影響があるのかが正確に計測できるようになったからだ。 そのなかでも知能の遺伝率はきわだって高く、論理的推論能力は68%、一般知能(IQ)は77%とされている。知能の7割から8割は、遺伝によって説明できるのだ。 この科学的知見をもとにして、政治的にきわめて不穏な主張が現われた。彼らは次のようにいう。 知識社会における経済格差は知能の格差だ。知識社会とは、定義上、知能の高いひとが経済的に成功できる社会のことだ。だからこそ、「教育によってすべての国民の知能を高める」という理想論が唱えられるのだが、いまやその前提は崩壊しかけている。 先進国で社会が二極化するのは、知識社会が、知能の高いひととそうでないひとを分断するからだ。知能のちがいは、環境ではなく遺伝によってほぼ説明できる。だからこそ、どれほど教育にちからを注いでも経済格差は拡大するのだ。 これはリベラルの立場からはとうてい受け入れることのできない主張だが、だからといってそれが科学によって裏づけられている以上、「差別」のひと言で否定することもできない。